PCR (ポリメラーゼ連鎖反応)
PCR (Polymerase Chain Reaction) は、DNAサンプルのごく一部である特定の領域だけを、試験管内で数時間のうちに数百万~数十億倍に増幅する技術です。遺伝子クローニング、シーケンシング、遺伝子診断など、現代の生命科学研究において最も基本的かつ強力なツールの一つと言えます。
PCRの原理
PCRは、温度を変化させる3つのステップを繰り返すことで、DNAを指数関数的に増幅させます。
- 熱変性 (Denaturation) [約95℃]: 二本鎖の鋳型DNAを加熱することで、水素結合を切り離し、一本鎖のDNAに解離させます。
- アニーリング (Annealing) [約55-65℃]: 温度を下げ、プライマーと呼ばれる短い一本鎖DNAが、増幅したい領域の相補的な配列に結合(アニール)します。
- 伸長 (Extension) [約72℃]: DNAポリメラーゼ(耐熱性酵素)が、プライマーを起点として、鋳型DNAに相補的な新しいDNA鎖を合成していきます。
この3ステップを1サイクルとして25~35回繰り返すことで、目的のDNA断片が爆発的に増えていきます。
💡 ポイント:PCRは「DNAの特定ページ専門の超高速コピー機」のようなものです。プライマーが「このページから」「このページまで」と指定する付箋の役割を、DNAポリメラーゼがコピー機の役割を果たします。
準備するもの (Materials)
- 鋳型DNA (プラスミドDNA, ゲノムDNAなど)
- プライマーのペア (Forward Primer, Reverse Primer)
- dNTPs (DNAの材料となる4種類の塩基)
- 耐熱性DNAポリメラーゼ (Taq, Pfu, KODなど) と専用バッファー
- 滅菌水 (Nuclease-Free Water)
- サーマルサイクラー(PCR装置)、PCRチューブ
実験プロトコル (Method)
1. 反応溶液の調製
氷上で、各試薬をPCRチューブに加えていきます。複数サンプルある場合は、水、バッファー、dNTPs、プライマー、酵素を先に混ぜた「マスターミックス」を作ると、分注操作の誤差が減り、効率的です。
試薬 | 推奨量 (50µL反応系) | 最終濃度 |
---|---|---|
滅菌水 | Up to 50 µL | - |
10x PCR Buffer | 5 µL | 1x |
dNTP Mixture (2 mM each) | 5 µL | 200 µM each |
Forward Primer (10 µM) | 2.5 µL | 0.5 µM |
Reverse Primer (10 µM) | 2.5 µL | 0.5 µM |
鋳型DNA | 1-100 ng | - |
DNA Polymerase | 0.5 µL | - |
※上記は一例です。必ずお使いの酵素の推奨プロトコルに従ってください。
2. PCR装置での反応
調製したPCRチューブをサーマルサイクラーにセットし、適切なプログラムで反応を開始します。
ステップ | 温度 | 時間 | 備考 |
---|---|---|---|
初期変性 | 95℃ | 2分 | 最初のDNAを完全に一本鎖にする |
サイクル (30回) | 95℃ | 30秒 | 熱変性 |
58℃ | 30秒 | アニーリング (※プライマーによる) | |
72℃ | 1分/kb | 伸長 (※増幅産物の長さによる) | |
最終伸長 | 72℃ | 5分 | 不完全な伸長産物を完成させる |
保持 | 4℃ | ∞ | 反応後のサンプルを低温で保持 |
3. 結果の確認
反応後、PCR産物の一部(5µL程度)をアガロースゲル電気泳動に供し、目的のサイズの場所にバンドが見えるかを確認します。
💡 成功のためのポイント
- プライマー設計が最重要:PCRの成否はプライマー設計で8割決まります。特異性が高く、適切なTm値を持ち、プライマーダイマーを形成しにくい設計を心がけましょう。
- アニーリング温度の最適化:非特異的なバンドが出たり、バンドが全く出ない場合、まずはアニーリング温度を上下に2-3℃調整するのが定石です。
- コンタミネーション対策は徹底的に:PCRは極微量のDNAを増幅するため、意図しないDNAの混入に非常に敏感です。フィルター付きチップの使用や、試薬・器具の丁寧な取り扱いを徹底しましょう。ネガティブコントロール(鋳型DNAなし)を必ず置き、コンタミがないことを確認する癖をつけましょう。
🤔 よくある失敗と対策 (Troubleshooting)
- Q. バンドが全く増えない…
- A. アニーリング温度が高すぎる、プライマー設計が不適切、鋳型DNAの品質が悪い(分解している、純度が低い)、酵素や試薬が劣化している、などの原因が考えられます。まずはアニーリング温度を下げて試すのが一般的です。
- Q. 目的以外のバンドがたくさん出てしまう…
- A. 非特異的バンドの主な原因は、アニーリング温度が低すぎることです。温度を2-3℃上げてみましょう。また、プライマー濃度やマグネシウムイオン濃度が高い場合も起こりえます。酵素の推奨プロトコルを確認しましょう。
- Q. ネガティブコントロール(鋳型なし)からもバンドが見える…
- A. これは試薬や器具、あるいは操作中のコンタミネーション(汚染)を意味します。試薬類を新しいものに交換したり、ピペットや実験台を清掃するなど、汚染源を特定して排除する必要があります。