プラスミド抽出 (アルカリSDS法)
形質転換で大腸菌に導入したプラスミドは、大腸菌を培養することで大量に複製されます。このページでは、増やした大腸菌から目的のプラスミドDNAだけを回収する「プラスミド抽出」のプロトコルを解説します。 一般的に「ミニプレップ」とも呼ばれ、遺伝子クローニングにおける一連の作業に欠かせない操作です。
アルカリSDS法の原理
プラスミド抽出で最も広く用いられるのが「アルカリSDS法」です。3種類の溶液を使って、巨大な大腸菌ゲノムDNAやタンパク質と、小さな環状のプラスミドDNAを巧みに分離します。
💡 ポイント:ゲノムDNAという「大きな毛糸玉」と、プラスミドという「小さな輪ゴム」を分けるイメージです。アルカリ処理で両方ともほどきますが、中和した時に素早く元に戻れる「輪ゴム」だけを回収するのがこの方法の肝です。
- Solution I (溶菌液): 細胞を懸濁し、DNA分解酵素(DNase)の働きを抑えます。また、ここでRNaseを加えることでRNAを分解します。
- Solution II (アルカリSDS溶液): 強アルカリと界面活性剤(SDS)で細胞膜を破壊し、プラスミドもゲノムDNAも一本鎖に変性させます。
- Solution III (中和液): 酢酸カリウムでアルカリを中和します。すると、小さなプラスミドDNAは素早く元の二本鎖構造に戻りますが、大きくて複雑なゲノムDNAは元に戻れず、変性したままタンパク質などと一緒に凝集して沈殿します。
この後、遠心分離で沈殿物を取り除けば、上清にプラスミドDNAだけが残る、という仕組みです。
準備するもの (Materials)
- プラスミドを保持した大腸菌の培養液 (1-5 mL)
- プラスミド抽出キット (各社から市販されています)
- Solution I (Resuspension Buffer), Solution II (Lysis Buffer), Solution III (Neutralization Buffer)
- Wash Buffer, Elution Buffer (またはTE Buffer, 滅菌水)
- スピンカラム, 回収チューブ
実験プロトコル (Method)
- 大腸菌の培養液 1.5 mL をマイクロチューブに入れ、遠心分離 (例: 12,000 rpm, 1分) して菌体を集めます。上清は捨てます。
- 上清はオートクレーブしてから捨てるようにしてください。
- Solution I を 250 µL 加え、ボルテックスやピペッティングでペレットを完全に懸濁します。※菌体のペレットが残らないように、しっかり混ぜるのがポイントです。
- Solution II を 250 µL 加え、チューブをゆっくりと4-6回転倒混和し、4-5分静置します。液が粘性を持ち、青か透明(キットによる)になったらOKです。※ここでのボルテックスは絶対に禁止です!
- Solution III を 350 µL 加え、直ちにチューブを穏やかに転倒混和します。白いモコモコとした沈殿が生じます。
- 遠心分離 (12,000 rpm, 15分) を行い、ゲノムDNAやタンパク質の沈殿を完全に下に固めます。
- 沈殿を吸わないように注意しながら、上清をスピンカラムに移します。
- 遠心分離 (12,000 rpm, 1分) します。通過液は捨てます。これでプラスミドがカラムの膜に吸着します。
- Wash Buffer を 700 µL 加え、遠心分離 (12,000 rpm, 1分) して不純物を洗い流します。通過液は捨てます。
- 再度、遠心分離 (12,000 rpm, 1-2分) を行い、カラムに残った余分なアルコールを完全に飛ばします。(ドライスピン)
- スピンカラムを新しい回収チューブに移し、Elution Buffer またはTEを 50-100 µL、膜の中央に直接滴下します。
- 室温で1-2分静置した後、遠心分離 (12,000 rpm, 1分) してプラスミドDNAを溶出させます。回収した溶液が、精製されたプラスミドDNA溶液です。
💡 成功のためのポイント
- 溶菌時の転倒混和は優しく:Solution II を加えた後、激しく混ぜるとゲノムDNAが断片化して混入し、純度が著しく低下します。「優しく、でも確実に」混ぜましょう。
- 乾燥はさせすぎない:70%エタノールで洗浄した後(キットによらない場合)、ペレットを乾燥させすぎるとDNAが溶けにくくなり、収量が減る原因になります。
- ペレットは見えなくてもある:最終的に回収されるDNAのペレットは、透明でほとんど見えないことが多いです。見えなくても慌てて上清を捨てないようにしましょう。
🤔 よくある失敗と対策 (Troubleshooting)
- Q. プラスミドの収量が低い…
- A. まず、大腸菌の培養がうまくいっているか確認しましょう。培養密度が低い、または抗生物質が失活している可能性があります。また、プロトコル中の懸濁や溶解が不十分な場合も収量が低下します。
- Q. 電気泳動すると、プラスミドのバンド以外にゲノムDNAと思われるスメアが見える…
- A. Solution II を加えた後の混合が激しすぎた可能性が最も高いです。転倒混和は、チューブの上下をゆっくり逆さまにする程度に留めましょう。