PCRによる制限酵素部位の付加
従来のクローニング手法では、目的の遺伝子をベクターに挿入するために制限酵素を利用します。しかし、増幅したい遺伝子の末端に都合の良い制限酵素サイトが存在しないことも少なくありません。 このページでは、PCRプライマーを少し工夫することで、増幅産物の末端に好きな制限酵素サイトを自由に付加する方法を解説します。
原理
この技術の鍵は、PCRプライマーの設計にあります。プライマーは、鋳型DNAに結合する部分(アニーリング配列)とその外側(5'側)に分けることができます。この5'側に、鋳型とは無関係な配列、つまり目的の制限酵素サイト配列を「付け足して」おくのです。
- 1サイクル目:プライマーの3'側のアニーリング配列のみが鋳型DNAに結合し、伸長反応が起こります。この時点で、出来上がった産物にはプライマーの全配列(付加配列+アニーリング配列)が取り込まれます。
- 2サイクル目以降:1サイクル目でできた産物が新たな鋳型となります。今度は、プライマー全体がこの新しい鋳型に完全に結合できるようになります。
- 反応終了後:サイクルを繰り返すことで、最終的に得られるPCR産物の両末端には、設計通りの制限酵素部位が付加された状態になります。
💡 ポイント:プライマーという「ハンコ」をイメージしてください。鋳型DNAに接着する「印面」の部分はそのままに、ハンコの持ち手(5'側)に新しい模様(制限酵素サイト)を彫っておきます。PCRで何度もハンコを押すうちに、最終的にできるコピー(PCR産物)には、その新しい模様が転写される、という仕組みです。
実験プロトコル (Method)
1. プライマーの設計
プライマーは、大きく分けて3つの部分から構成されます。
[保護塩基] - [制限酵素サイト] - [アニーリング配列]
- アニーリング配列: 鋳型DNAの目的領域の端から、20塩基程度の配列を選びます。Tm値が60℃前後になるように設計するのが一般的です。
- 制限酵素サイト: 使用したい制限酵素の認識配列(例: EcoRIなら
GAATTC
)を付加します。 - 保護塩基: 制限酵素がDNA末端を効率よく切断するためには、認識配列の外側に数塩基の余分な配列が必要です。これを保護塩基と呼びます。これを忘れると、後の工程でDNAが全く切れないという悲劇が起こります。必要な塩基数や配列は酵素によって異なるため、必ずメーカーの推奨を確認しましょう。(通常3〜6塩基)
2. PCRの実施
プライマー設計以外は、基本的に通常のPCRプロトコルと同じです。ただし、プライマーの全長が長くなるため、以下の点に留意すると成功率が上がります。
- アニーリング温度(Tm)の決定: Tm値は、付加配列を含めず、鋳型に直接結合する「アニーリング配列」の部分だけで計算します。
- サイクル数: 通常のPCRと同じくらい(30〜35サイクル)にで大丈夫です。
3. 結果の確認と精製
PCR後、産物の一部をアガロースゲル電気泳動で確認し、目的のサイズのバンドが増幅されていることを確かめます。その後、PCR産物精製キットなどを用いて精製し、次の制限酵素処理やライゲーションに備えます。
💡 成功のためのポイント
- 保護塩基は絶対に忘れない:最も重要なポイントです。制限酵素メーカーのWebサイトやカタログには、各酵素に推奨される保護塩基の情報が必ず記載されています。
- プライマーの精製グレード:プライマーが長くなるほど(30-mer以上)、合成エラーを含む確率が高くなります。必要に応じて、OPC精製やPAGE精製といった高純度のプライマーを使用すると、非特異的な増幅を防ぐことができます。
- メチル化感受性酵素に注意:大腸菌で調製したプラスミドを鋳型にする場合、DNAがメチル化されています。使用したい制限酵素がメチル化の影響を受けるかどうか(メチル化感受性)を事前に確認しましょう。影響を受ける場合は、鋳型を変えるか、別の酵素を検討する必要があります。
🤔 よくある失敗と対策 (Troubleshooting)
- Q. PCRで目的のバンドが増えない…
- A. プライマーの付加配列が長いためにPCRの効率が落ちている可能性があります。アニーリング温度を2-3℃下げてみるか、サイクル数を増やしてみましょう。また、プライマー自体の品質に問題がある可能性も考えられます。
- Q. PCR産物は得られたが、制限酵素で切れない…
- A. 9割以上の原因は「保護塩基の不足」です。設計したプライマー配列をもう一度確認しましょう。次に考えられるのは、前述の「メチル化感受性」や、制限酵素自体の失活です。