大腸菌の形質転換 (Heat Shock法)
こんにちは。このページでは、分子生物学の基本的な実験手技である「形質転換」について、特に一般的なヒートショック法を中心に解説します。
一見すると単純な作業ですが、いくつかのコツを押さえることで、成功率をぐっと高めることができます。一緒に確認していきましょう。
形質転換の原理
通常、大腸菌の細胞膜はプラスミドのような大きなDNA分子を通しません。そこで、塩化カルシウム(CaCl_2)などで細胞を処理し、DNAが細胞表面に付着しやすい状態にします。これが「コンピテントセル」と呼ばれるものです。
💡 ポイント:ここでは、細胞膜のマイナス電荷をプラスのカルシウムイオンで中和して、マイナス電荷を持つDNAが反発せずに近づけるようにしてあげる、というイメージを持つと分かりやすいです。
その後、細胞に42℃の熱(ヒートショック)を瞬間的に加えることで、細胞膜の流動性を高めて一時的に隙間を作り、そこからDNAを取り込ませます。これがヒートショック法の基本的な原理です。
準備するもの (Materials)
- コンピテントセル (例: DH5α)
- プラスミドDNA (濃度を測定済みのもの)
- SOC培地 または LB培地 (抗生物質なし)
- 抗生物質を含むLB寒天培地プレート
- その他、マイクロチューブ、ピペット、氷、ウォーターバス(42℃)、恒温槽(37℃)など
実験プロトコル (Method)
- -80℃からコンピテントセルを取り出し、氷上でゆっくりと融解させます。手で握るなどして急いで溶かすのは避けましょう。
- 融解したセルにプラスミドDNA溶液 (1-10 ng) を加え、ピペットの先か指で優しく弾いて混合します。
- 氷上で30分間静置します。この時間でDNAが細胞にしっかり吸着します。
- 予め42℃に温めておいたウォーターバスに移し、正確に45秒間熱を加えます。ここが一番の重要ポイントです。
- 直ちに氷上に移し、2分間急冷します。この温度変化がDNAの取り込みを促進します。
- SOC培地などを200-800 µL加え、優しく懸濁します。
- 37℃の恒温槽で1時間、振盪培養を行います。これは弱った細胞を回復させ、薬剤耐性遺伝子を発現させるための「リカバリー時間」です。
- 菌液を50-200 µLほどプレートにまき、スプレッダーで均一に広げます。
- プレートを逆さまにして、37℃で一晩(12-16時間)培養します。
💡 成功のためのポイント
- DNAの量は欲張りすぎない:DNAは多ければ良いという訳ではなく、1-10 ng程度が最も効率的です。
- 温度と時間は正確に:ヒートショックの「42℃・45秒」は非常に重要です。必ずタイマーを使いましょう。
- 操作は優しく丁寧に:コンピテントセルはデリケートです。ボルテックスをかけるなどの激しい混合は絶対に避けましょう。
- プレートは事前に温めておく:使用前に37℃の恒温槽に30分ほど入れておくと、結露が飛んで塗りやすくなり、細胞への温度ショックも和らぎます。
🤔 よくある失敗と対策 (Troubleshooting)
- Q. コロニーが全く生えてきません…
- A. 落ち着いて原因を探りましょう。①コンピテントセルの効率が落ちている、②DNA濃度が低い、または分解している、③ヒートショックの条件が不適切、④抗生物質の種類や濃度が違う、などが考えられます。まずは、確実に形質転換できるポジティブコントロールのプラスミドで試してみることをお勧めします。
- Q. プレートの真ん中だけでなく、端の方にも小さなコロニーがたくさん生えます。
- A. 「サテライトコロニー」と呼ばれるものです。最初に生えたコロニーが周りの抗生物質を分解し、耐性を持たない菌が増殖してしまう現象です。培養時間が長すぎるか、プレートが古い場合に起こりやすいです。目的の実験には、最初に生えた大きめのコロニーを使えば問題ありません。
形質転換は、慣れてくればスムーズに行えるようになります。失敗しても原因を考え、次に活かすことが上達への近道です。頑張ってください!